太陽の道を旅する

ささゆり庵はほぼ「太陽の道」上にあるが、厳密には北緯34度59分に位置し、室生寺の北約5キロに位置します。

幸い、庵は真東を向いており、その視線の延長線上には室生赤目青山国定公園の絶景がありその最高峰に俱留尊山が見え、その向こうに伊勢神宮があります。このような地理的特徴の為、黎明から日の出時間帯は、正に太陽の恵み大自然への畏敬の念を体感できます。伊勢神宮~室生寺~長谷寺~三輪山~二上山~大鳥大社~石上神社へと日本建国から今日に至る大和の国の古代ロマン巡礼の旅をお楽しみ下さい。

伊勢から三輪山を抜けて淡路島に至る北緯34度32分の東西軸には、多くの遺跡が同緯度線に並ぶため「春分の日」と「秋分の日」に、日の出と日の入りが緯度線にそって一直線になる。瑞穂の国で稲作が生活の基盤であった当時の古代人は当然のごとく、太陽を崇拝し、その存在を体感しながら観測した結果、その同緯線上に聖地を見出し求め定めてきたのは当然の成り行きと思われる。太陽の角度や日差しの角度を観測しながら、地理情報を収集し、各重要諸点に神事や祀りごとを執り行う聖地がレイラインとして太陽が一直線上に並ぶ結果となったのであろう。

饒速日命(にぎはやひのみこと)、天磐船(あめのいはふね)に乗(の)りて、太虚(おほぞら)を翔行(めぐりゆ)きて、是(こ)の郷(くに)を睨(おほ)りて降(あまくだ)りたまふに及至(いた)りて、故(かれ)、因りて目(なづ)けて、「 虚空見(そらみ)つ日本(やまと)の国(くに) 」と曰(い)ふ。

天磐船に乗って大空を飛行してこの郷に降りたという饒速日命の話は、神話の世界とはいえ、謎の飛行物体UFOめいて何とも不思議な話です。

「そらみつ」の語源は、『日本書紀』の神武紀に「大空から見て、よい国だと選びさだめた日本の国」という意で「虚空見(そらみつ)日本(やまと)の國(くに)と曰(い)ふ。」とある。

「大和の原像 - 古代祭祀と崇神王朝」の著書 小川光三氏は、「太陽の道」「聖なるレイライン」「虚空つ大和の国」を提唱しています。

基点としての箸墓古墳について:古代から瑞穂の国で、稲作は太陽信仰と密接に関係しており、日本人の信仰の原点がこの大和の国から始まったのである。 「太陽の道」の基点となる箸墓古墳は、第7代孝霊天皇の皇女である倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめ)の墓ではないかと推察されている。箸墓は三輪山山頂から見て太陽が沈む場所で、意図的に同緯線上に見出された場所であると推察される。箸墓が造成されてからおよそ2世紀後、倭姫命(やまとひめのみこと)が元伊勢御巡幸の重責を全うされ、同緯度線上に斎宮を造成し、そこに住まわれました。

大坂山(穴虫峠)について: 箸墓古墳と大坂山(穴虫峠)の関係は、「この古墳は昼は人が造り、夜は神が造った。大坂山の石を運んで造った。山から墓に至るまで人民が連なって手渡しにして運んだ。」と日本書記にある。「太陽の道」レイラインを暗示している。

檜原神社について: 長らく宮中に祀られていた天照大神は、第10代崇神天皇の時代に初めて宮中を離れ皇女 豊鍬入姫命(とよすきりひめのみこと=初代の斎王)に託され大和の笠縫邑(かさぬいのむら)にうつされた、それが、檜原神社である。

二上山について: 檜原神社のしめ縄の下から大和盆地を眺めると、西に美しい山容の二上山が見えます。 その夕日は幻想的なことで有名。古代人がレイラインを意識したのも当然と言えましょう。

伊勢斎宮跡について: 実は、この「太陽の道」レイラインは元伊勢の御巡幸と密接に絡んでおり、その目的は天皇家の象徴である大切な神宝を外敵から守り、安全な場所に宝蔵することでした。当時は内外政治情勢が不安定で動乱の兆しが見受けられたためにこの御巡幸が行われた。第11代垂仁天皇は皇女倭姫命にこの御巡幸をまかされ大神・神宝が鎮まる場所を求め長い旅に出て伊勢にたどり着いた。そこで、檜原神社は「元伊勢」と呼ばれるようになりました。御巡幸が完結し、神宝が秘蔵された璽、斎宮が北緯34度32分のレイラインだったのです。

石上神社について: 御巡幸の船旅を主導し倭姫命のご一行を護衛した古代海洋豪族船木氏は、伊勢に落ち着くことなく、紀伊を経て、淡路島へ向かった際、その証として、三輪山と同緯度線上に、 石上神社を建立したと考えられます。 現在でもこの神社のある場所は淡路島旧北淡町舟木地区といって、船木氏に由来する「舟木」の地名が残っています。

大鳥大社について: 大阪の堺にある大鳥大社の祭神は倭建命ヤマトタケルノミコト。御巡幸を完成させた倭姫命の甥がヤマトタケルノミコトで、彼が東征の際、倭姫命から草薙を授かった話は有名である。 望郷の念を持って読んだ「大和は 国のまほろば たたなづく 青垣山ごもれる 大和し 美し」の歌はあまりにも有名。ヤマトタケルノミコトが伊勢の能褒野(のぼの)という土地で没した後、そのしかばねは一羽の大きな白鳥に化身し、西へ飛びこの大鳥大社にたどり着いたと言われる。紀伊半島の東から西のレイラインを飛んだということは、太陽の道を暗示している。このように「太陽の道」は天照大神の信仰に繋がる元伊勢の御巡幸と深く結びついているのである。

室生寺について: 奈良時代の末期、皇太子の山部親王(後の第50代桓武天皇 在位 781~806)の病気平癒の祈願のため、五人の僧がこの聖なる室生山中で祈祷をして優れた効果がありました。そうしたことから国家の為に建立したのが室生寺です。檜原神社~三輪山~室生山がこの線上にあるのは、この山が古代の太陽祭祀まつわるものであることを物語っています。室生寺の古い記録には、室生山には大日如来の宝珠があって、これが垂迹して天照大神になったとありますが、そうした伝承は、おそらくここが太陽祭祀の聖地であったからでしょう。そして室生寺は、この山の麓に造営されました。

       
旅のプラン
第1日目:伊勢神宮参拝(三重県伊勢市)
ささゆり庵へチェックイン宿泊
第2日目:室生寺参拝(奈良県宇陀市)
長谷寺参拝(奈良県桜井市)
三輪山 大神神社参拝(奈良県桜井市)
檜原神社参拝(奈良県桜井市)
ささゆり庵宿泊
第3日目:ささゆり庵チェックアウト
大鳥大社参拝(大阪府堺市)
石上神社参拝(淡路島)
伊弉諾神宮参拝(淡路島)
帰路へ